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となりのおやつ [随筆 猫]








まよいねこ こねこ
つられねこ おおねこ

かくれていられなくて
てをのばしたの
だぁ~れだ









それは夏休みを間近に控え、ずいぶんと暑くなってきた土用の丑の日のことでした。

毎年、土用の丑の日が近づくと、ご近所の魚屋さんから御用聞きの、
「どうじぇのぉ~ 今年のうなぎはうな重か丼にするかぁ~?」と、有無も言わせぬ電話がかかる。
こちらも慣れたもんで、「丼にしとっけのぉ~」と、比較的お安いほうをチョイスする。
魚屋は、最初からうな丼を頭数に入れていたらしく、
「あいよ!」と、軽く受けて電話を切る。

田舎のご近所の魚屋というものは、季節の行事ごとの魚の手配は、
必ず受け入れられるものと思っているらしい。
たとえば、えびす講の鯛や、天神講のカレイ、はたまた夏休み前のサザエや初せりの越前ガニなど。
まだまだあるはずのすべてに付き合うには、懐と相談しないと、なかなかのことである。

最近ではウナギの蒲焼などは、スーパーへ行けば結構お手ごろな価格でも手に入るが、
夏の土用の丑の日だけは、なんだかんだと魚屋に付き合って、
毎年ウナギ丼の出前で過ごしている。

この魚屋のうな丼は、ウナギが丸まる一匹乗っている。
という事は、シッポもあれば頭もある・・・ってことで、
さすがにシッポの先っちょと、頭までは食べきれず、残してしまうことになる。

いつもの年ならば、家族全員がよく似た時間に揃うので、
丼は洗って玄関に出しておくのだが、この年ばかりは、ちょっと違っていた。
なぜだかこの年に限って全員が忙しく、食事時間もバラバラになり、
真夜中に丼を食べるものもいる始末。
そうなると、食べ終わった丼茶碗をそのままの状態で玄関に置いてしまったり・・・。
まあ、だわをこいて(楽をして)放っぽいたってことなのだがね。
そして、そのまま朝を迎えた。








朝、玄関の鍵を開け、こまごまとした朝の用意をし終えて、
はて、もすこし時間も余ったことだし、
魚屋が丼のたち(おかもちみたいなもの)を取りに来るには時間もあることだし、
そのままにしておいた丼でも洗っておこうと、玄関に向かっていくと・・・。
なんだか、黒っぽい影がガサゴソ動く気配が。。
な・なんだ・・・!? と、そろり柱の影から眺めると、丼の器の入ったたちの上蓋を、
必死で押し上げようと、手や鼻先を使って奮闘している真っ黒な猫がいる。

引き戸の玄関の扉は、ちょうど猫の体の太さに合わせたぐらいに隙間が開いていた。
ははぁ~ん
さては、あのウナギのにおいに釣られてやってきたのだな。
どれどれ、しばし高みの見物とするとしよう・・・
そうしてしばらく見ていたら、なかなかうまいことふたを持ち上げ、
でっかい顔を、たちの中に突っ込むことに成功した模様。
しかし、まだ丼の蓋という関門が残っていることに、あいつは気が付いていないようだ。

たちの上蓋がだいぶんずれて、顔で中が自由に見渡せるようになると、
匂いはすれど姿は見えず・・・といった感じで、
小首をかしげながら、何度も中を見回したり、外側までながめなおしたりと、
ウナギのにおいに、至極ご執心のようす(笑)

だが、さすがにそれ以上のことをされると、こちらも困るので、
おもむろに姿を見せて、「こらぁ~」と、一括。
すると猫は、にゃ~と叫び声をあげ、一目散に逃げていく・・・のはずであった。

まあ普通の猫ならば、ここいらで逃げ出すはずなのだが、
この真っ黒な猫は、もうウナギのにおいに夢中で、
そんなことぐらいでは逃げ出しそうもない。

それならば・・・と、
「ウナギを食うか?」と、尋ねると、
わが意を得たり・・・と、ばかりに、スリスリとにじり寄ってくる始末。
こりゃ、こちらの方が根負けしちまう・・って話でさぁ。



仕方が無いので、昨日食べ残したシッポと頭を小皿に入れてやると、
うれしそうに、一心不乱に貪り食い、
「もっとほしいにゃ~」と、甘えてくる。
あんた、そりゃ・・昨日、バリバリに食っちまっているのだから、
そんなにも早々とあるはずもなかろう、さっさと自分家へ帰んなと、うながした。
真っ黒なその猫は、仕方なしなしに何度も振り返りながら
名残惜しそうに、玄関の開きっぱなしの小さな隙間から、どこかへと帰っていった。








そんなことがあった次の日の、午後のことである。
何げなしに玄関を見ると、黒い物体が上がり框の所にあるではないか。
!? なにぃ? と、よくよく見ると、昨日の黒猫が、
ひと待ち顔で佇んでいるではないか!?

「どうした!?」と、尋ねると、「ウナギは?」と言うような眼差しで、じーっと見つめ返してくる。
「ありゃ、昨日で終わりだ」と、いうと、
「んな、ばかなぁ~  今日もあるはずざんしょ!!」と言うような目でにらみつけてくる。

「もうない!!」 「いや、ある!!」 の、押し問答を続けているうちに、
なぜだかその黒猫は、冷蔵庫の前でハムを相伴になっているという、
なんともちゃっかりした話しで、われながら呆れ返ってしまった。


土用の丑の次の日に我が家に現れた黒猫は、
もうすっかり大人の猫で、多分どこかの家の飼い猫と思われたのだが、
気付くと、知らぬ間に我が家の一員の様な顔をして、
夜は一緒に寝ていると言う有様で、ますます自分に呆れてしまった。



そんなこんながあって、彼は我が家のニャン様となっていった。


何ヶ月か過ごしていくうちに、黒猫はどんどん家族同様になっていき、
ずっと昔から一緒に居るような、変な錯覚さえ覚えてきた。
そんなある日のことだった・・・。

黒猫だったのでクロちゃんと、なんとも単純に決められてしまった黒猫が、
なんだか何かが欲しそうな顔をして、スリスリと足の周りをまとわり付きだしたので、

「クロちゃん、何が欲しいの?」と、聞くと、
「ごはぁ~ん」と、返事が・・・。。

!? へぇっ!? いま、ご飯って言った!?
と、家族が顔を合わせて、お互いに聞き返した。

じゃあ、もう一度確かめてみよう!!ということになり、再び聞いてみた。


「クロちゃん、何が欲しいの?」と、聞くと、
「ごはぁ~ん」と、ふたたび同じ返事が・・・。。

きゃーこの猫、しゃべる!? と大騒ぎ。
それじゃ~と、今度は・・・・。


「クロちゃんは、もうご飯を食べたでしょ!?」と、言うと、
「くわぁ~ん」と。。。


!? び・ビックリ


「そんなことないでしょ? ご飯は食べたでしょ?」と、再び尋ねると、
とても切ない眼で、「くわん」と、のたまう。


わっ! ホントにしゃべるんだ!!と、大騒ぎになり、
それからはご飯のたびに、
食たの食わないのとの押し問答が続けられたのは言うまでもない(笑)


このクロちゃんは、しゃべるのしゃべらないのぐらいで驚いていてはいけない。
それに気付いたのは、彼がその行為をしてだいぶん経った頃だろうと思う。

いつの頃からか、冷蔵庫の扉が開きっぱなしになっていることが、
よく見受けられるようになった。
あたしはきっちり閉めているはずだから、あたしではない。
多分、うっかり者の母が、いつもの調子でバーンと閉めて、
反動で閉まりきらず開けっ放しになるようなことをしているのだろう。
そんなふうに、すべてを母に擦り付けていた。
母は、絶対にあたしじゃないよと、言い張っていたのだが、
家族の誰一人として、母の仕業だと信じて疑うものは居なかった。


ところがである!!
ある日、全員でご飯を食べていたら、
のっしのっしとクロちゃんがみんなの前を通り過ぎ、冷蔵庫の前まで行って立ち止まると、
すくっと二本足で立ち上がり、おもむろに冷蔵庫の扉に手をかけ、
あの扉と本体を繋ぐクッションのゴムのような所に、しっかりと爪を立てた。
そして両足を踏ん張り両腕に力を入れ、
う~んと言っているような顔つきで引っ張りはじめたのだった。

それからクロは、徐々に体重全部をお尻の方に移すかのような格好ををしたかと思うと、
両腕をぷるぷる震わせながら、力任せに扉を引っ張り出した。
しかし、如何せん重い冷蔵庫の扉のこと、ちょっとやそっとじゃ開かない。
そうこうしている内に、ふっと言う息を吐き出したかと思うと、
手だけに入っていた力を全部、下半身に移動させるようにすると、
筋力と体重のすべてを使って、扉を引き始めた。

そのときである!
あのしっかりと閉まっていた冷蔵庫の扉が、バゴっという音と共にバーっと開き、
クロちゃんは、その扉のあいた勢いで、コロコロと転がった。

多少バテ気味ではあったが、程なく体勢を立て直したクロちゃんは、
何事も無かったような顔をして、扉の開いた冷蔵庫の前へ・・・


少し前の冷蔵庫というのはツードア式が多く、上下とも引っ張って開けるものだった。
その引っ張ってあけるといっても、人間でも結構な力が要る。
ましてや、あの猫が冷蔵庫を開けるなどと、考えてもみなかったことである。

そんなオドロキの眼(まなこ)で見つめる中、
クロちゃんは冷蔵庫の内部を一通り見回すと、
「ちぇっ 相変わらず時化てやがる・・・」とでも言いたげな顔で、
また部屋の隅にある自分の寝床へと戻っていった。


あたし達は、まるでキツネにでもつままれたようにあんぐりと口を開き、
互いの顔をしばし見つめ続けるだけだったが、
数分後、母の疑いも晴れ、大笑いになったのは言うまでもない。

どうも、美味しいものは、いつもあの冷蔵庫から出てくる・・・ということを、
日頃の観察力で、しっかり覚えてしまったようである。
それにしても、頭がいいのか食い意地が張っているのか(笑)
チカラだけは、いっぱい有り余っているのは確かなようであった。








そうして3年ほど過ごした猫であったが、
もうそろそろ4年目の土用の丑の日が近づいてきた頃に、
家に突然やってきた時と同じように、突然居なくなってしまった。

きっと、ウナギの匂いに釣られての、長い家出の末に、
やっともといた家のことを思い出し、恋しくなって帰っていったのだろう。
なんにしても、賑やかでかわいく、頭のいい猫だった。


土用の丑の日になると、ウナギのにおいを嗅ぐと、
今でもあのクロちゃんのことが思い出されて・・・
言葉をしゃべったことや、冷蔵庫を開けたことなど、
いつまで経っても話題に上る。




となりのおやつは
ことのほか美味しそうに見えて
ついぞ 自分家のことさえ忘れ
味見をしたくなるもの

だけど どんなに美味しいとなりのおやつでも
自分家のことを思い出すと
途端に その味が恋しくなる

となりのおやつは みていてこその贅沢さ
自分家のおやつに勝るものは あるはずも無く





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